Harukamy's Memoranda

新曲 「ぴこ昼」 楽曲技法解説

新曲として「ぴこ昼」をリリースした。 2016年の “Angel” 以来、実に4年ぶりのリリースになる。

この楽曲は、イラストレーターのぴこぴこぐらむ先生によるYouTubeでのお絵描き配信ぴこぴこちゃんねる用BGMとして制作したものであり、公開はされていない。

ただし、CCでの公開を検討しており、一方形式など様々な問題からすぐの公開はない。 公開されたら、この記事もアップデートされるだろう。

制作

制作はCakewalk by Bandlab.で行った。

前作AngelはSONAR X3で行っており、私としてはCakewalk by Bandlab.のデビュー戦となる。

ちなみに、この間にはAbility 2.5を使っていたりするのだが、どうもいまひとつ感覚が合わず、使いやすいと感じられなかったことと、今回は短時間で作りたかったので使い慣れたCakewalkを採用した。

また、今回は前作に引き続きYAMAHA E413キーボードを利用した。 だが、前回までと違い、今回はMIDIレコーディングによる収録である。 私はプロとしての仕事もずっと打ち込みでやってきていて、結構最近になってからステップ入力を採用した。前作もステップ入力だったが、今作はMIDIレコーディングである。

しかし、どうしても全体的に早乗りになってしまうという問題に苦労してしまった。 走るのではなく、だいたい1/32くらい手前にノッてしまう。エレクトーンやってたときも、「休符を感じて!!」といつも怒られてたなぁ……

全体で1/32くらい手前だと、1/16クオンタイズをかけたときに前後どちらに修正されるかが振れてしまうので、かなり修正が大変だった。

別に全体に渡ってクオンタイズをかけたわけではないのだが、進捗版で上げたときは純粋なMIDIレコーディングのみのトラックになっており、このときのトラックは完成版では1クリップもそのままのカタチでは残っていない。 ドラムトラックはクオンタイズで修正したが、メロディ側は弾き直している。

楽曲コンセプト

配信中に生み出される美しい絵はもちろん、ゆったりした空気感とおしゃべりが魅力の配信である。 そこで、テーマとしたのが「エロゲーの日常系BGMのような楽曲」だ。 (これは、ぴこぴこぐらむ先生がエロゲーでSDを描かれているという関係もある)

劇伴を書くのは2003年以来であり、エロゲーの楽曲という意味では(今回は本当にエロゲーに使うためではないが)2001年以来になる。

その間にかなりエロゲー劇伴のあり方というのは変わった。 非常に大きな点として、「フルボイスが当たり前になった」というのがある。

昔のエロゲーはフルボイスではなかったので、音楽によって感情などを表現する必要があった。 また、フルボイスになってからもあまりボイスパートを増やすことは難しかったので、プレイ時間から見ればボイスのない部分のほうが多かった。 こうしたこともあり、エロゲーのBGMはどちらかといえば豪華絢爛なものであった。音源的には安いMIDIレンダリングだったり、あるいはそもそもMIDIで楽曲を再生していたりしたので、音声的に豪華ではないが、楽曲的には豪華だった。

しかし、現在は「ボイスが載る前提のBGM」であり、BGMらしさが重視される。そして、ドラマや映画との大きな違いとして、その使われ方がある。

ドラマや映画の場合、音楽のミックスと同じ感覚で映像とのミックスが行われる。 どのシーンで、どのタイミングで、どれくらいの音量で音楽が流れるかというのは完全にコントロールされ、例えばセリフとクロスフェードしたり、セリフのない映像を見せる場面で効果的に音楽が流れたりする。 そして、普通はドラマや映画において劇伴は「流れっぱなし」のものではない。

対して、ゲームでは音楽を流しっぱなしにして、その上にボイスが載ることになる。 そのため、常にボイスを邪魔しない楽曲であることが望まれる。この点は配信でも同じだろう。

ちなみに、SONO MAKERなど、プロダクションや作者によってはエロゲーにBGMに割としっかりした楽曲を載せる者もある。 しかし、これはバランスが難しく、やはりボイスを阻害してしまうケースはどうしても出てくる。 もちろん、ボリュームコントロールにもよるのだが、BGMはBGMに徹するほうが無難だ。

楽曲の構成

エロゲー劇伴としてよく使われる楽曲では、一般的に4から5トラック構成である。 これは、がっつり曲を作り込むタイプの作者でもあまり変わらず、密度の高い音はさすがに避けられる。

4トラックはつまり、メロディ、伴奏、ベース、ドラムという構成であり、ベース、ドラムは場合によって省略される。 特にドラムは省略したほうが良いケースも多い。

伴奏に関しては、「コードベタ押さえ」派のほうが多く、「アルペジオ派」は少数。 コードベタ押さえになると、コード感が強く出るので、ポリモードは難しくなる。

ここではお決まりの形式に従って4トラック(ユニゾントラックを含めると6トラック)形式としている。

また、エロゲーの劇伴では3パート構成で、AパートとCパートが類似、Bパートが変則とするのが鉄板で、安定感が高まるようにこの構成を採用している。

まったりほのぼの感を感じるように、ゆっくりめ(116BPM)で、角がなく、変化が急にならないように注意した。

音楽の構成

音楽的にはほのぼの感を重視。さらにキラキラした青春を感じられるように、ということで、メロディパートはエレピを採用した。音源はSONAR付属のSI Electric Pianoである。

「ぴこ昼」には2バージョン存在する。比較的音が厚めで、低音の強いミックスがされ、ディレイもかかっている「サウンドトラックバージョン」と、あっさり風味で無限ループが可能な「ゲームバージョン」のふたつだ。

STバージョンのメロディは、ユニゾントラックとしてRaptureのシンセパッドを採用している。さらに、エレピのリバーブ音が軽めに混ぜられている。 対してゲームバージョンではユニゾントラックはXpand!2のパンフルートを採用。キラキラしたSTバージョンと比べ、より素朴で脱力した感じになっている。

伴奏トラックはバージョンによって異なる。 STバージョンはKontakt5のFactory Presetにあるシンセベルを使用、ゲームバージョンはRoland TTS-1のエレピを使っている。TTS-1は昔ながらの総合音源なのでかなり安っぽい音がするのだが、ゲームバージョンではそれが良い味を出している。2つのバージョンで最も印象を変えているのは、この伴奏トラックの違いだろう。

実は当初伴奏はUVI Model Dを使っていたのだが、音が重くてうるさかったのでより軽快感が出るようにキラキラ系の音に変更している。

ドラムはNI Abbey road 80’s。ベースはSONAR付属のSI Electric Bassで、この構成自体は両バージョン共通。 ドラムのMIDIトラックが2つあるのは、MIDIレコーディングの都合。

エロゲー劇伴としては「エフェクトは基本かけない」というのがとても重要なポイントになる。 マスターでEQ→コンプ→ゲイナーとかけてはいるが、コンプはほっとんど効いておらず、どちらかというとやわらかい音になるように味付けに使用している。ゲームバージョンではProChannelのEQ、及びEnhanced EQを無効化し、音の上げ方をコンプメインでゲイナーを下げるカタチになっている。

また、STバージョンではわんわんなるため音が飽和しやすく、パン振りは大きめだが、ゲームバージョンではもっと中央より。

STバージョンはディレイがかかっているため、ループすることができない。 ループしようとするとブチっと切られた感じがするからだ。逆に言えば、ゲームバージョンは無限ループを可能にするために非常にドライな仕上がりになっている。音源が差し替えられている2つについては、音源自体は残響を持った音になっている(Rapture側はディレイなので、Rapture上でディレイを切ることはできる)ため、エフェクトを切るだけではループ時にぶち切り感が拭えないからだ。

楽曲の話

私の楽曲といえば並列でコード進行するパラレルポリモード。 今回は控えるつもりだったものの、結構やばいところが色々ある。

まず、この曲、メロディ先である。 私の今までの楽曲でメロディ先で作られているのは、The Adventurer, Loose Perfection, Days in sepia, 君想い, Angelの5曲だけで、基本的にはコード先である(もっと言えば、ドラム先である曲が多い)。 メロディ先にすると自由度が高く、面白く躍動的なメロディが生まれやすいが、その分コード的には難しく、和声的な深みが出ないことが多い。なにより作るのが難しく、メロディ先で作って完成しなかった曲がかなり多い。

今回もメロディ先にしてしまったことでえらく苦労したし、テンション・ノートも含むメロディによって随分高度化してしまった。 そもそも、この曲はイ長調(それ自体ちょっと微妙だが)なのだが、出だしはミ(P5th)である。

一旦おとなしくⅠM△, ⅣM△, Ⅴ_7_ という構成で作ったものの、メロディと全く合わない。 結局、借用和音、ツーファイブなどを駆使してなんとかコードを当てたのだが、結果的にエロゲーの劇伴として許されないような和声となった。尖ったJazzとかならいいのだけど、あまりにも複雑すぎるし、全体にかなり緊張感のある音になってしまう。 音声的な工夫によってあまり感じさせないようにはしているが、フラットにすると、「良い」と思うには結構な慣れと努力が必要な曲になっている。

また、Bパートはメロディが4/4でないグルーヴであり、他のパートが4/4をキープしていることで無理やりフラットな感じを出している。それでも、Bパートはメロディの跳躍としても和声としても相当に難しいものになっているので、聴いててぞわぞわする人がいてもおかしくない仕上がりだ。実際この曲、Bパートで切るとかなり厳しくて、Bパートが短く、Cパートが長い(しかも、AパートとCパートが似てる)ことですごく不安な感じになってしまうBパートをエッセンスとして使えているという感じで、相当ギリギリのバランス。

Bパートはさらに、伴奏、ベースともに安定する方向のものになっており、明らかにやりすぎてしまったメロディをなんとか安定方向に持っていくようにしている。 といっても、そのメロディに合わせたコードになるので、平和的なコードかというと難しいところではあるが。

Wrote on:
2020-04-28