序
COVID-19の世界的流行によりリモートワークをする人が増えている。 だが、一方でリモートワークの在宅がつらいという声も多く上がっているようだ。
これは基本的に人の性という部分が大きく、辛い人には辛いのだが、 20年以上在宅ワークを続けている私の、蓄積したノウハウを紹介しよう。
マインドシフト
なんか意識高い感じの言葉を使ってしまったが、個人的にこの手のワードは好きではない。
さて、在宅で仕事をするにあたっては、ライフスタイル的な大幅な転換が必要であることは間違いない。 通常は人生の大きな選択であるのだが、今回のように突如としてリモートワークせざるをえない状況になると辛い人は辛いだろう。
根本的には以下の認識が必要だ。
- 自宅は職場である。完全にプライベートな空間というのは基本的にない
- 明確な勤務時間はない。生きている限り多かれ少なかれ仕事の時間である
- 外出は多くの場合プライベートな時間であるが、これは仕事上のマネジメントで発生する
- 明確な昼夜はない。逆転することもあるし、気分がノッてきた時がハイタイムだ
- 近所付き合いには注意が必要である。夜中は小さな音でも響くし、日中家にいると怪しまれたりするので、日頃から挨拶などは欠かせない
- 仕事を早く進めることはプライベートな時間を捻出する上で重要なこと
ただし、これはワークスタイルに大きな影響がある要素が追加されている。 クリエイティブ業だとこういうワークスタイルになりがちだが、特に漫画家、絵かきはこういうスタイルであることが多い (小説家は意外ときっちりした生活を送ることが求められやすいし、音楽家もそこまで自由なわけではない)。
リモートワークで時間管理される場合はこうした区別は曖昧になるし、よりマネジメントは難しくなる。 出社スタイルの仕事を単に自宅に持ち帰っただけのリモートワークというのはある意味でアンバランスだ。
世の中としては定時出社が辛い、そもそも出社が辛いという人は叩かれがちだが、向き不向きの問題で、夜も昼もなく働くこと、プライベートな空間と仕事の空間が分けられないこと、明確なオンオフが設定されないことが辛いという人も同じようにいるし、それは当たり前のことなのである。出社が辛い人を出来損ないとして叩くならリモートワークが辛い人も同様に叩かれるべきなのだが、もちろん私が望むのはどちらも認められることである。
例えばプライベートとの区別を明確に維持することは困難であるし、頭の切り替えは必要だ。
家
在宅ワークをする場合、家にいる時間が必然的に長くなるため、それを前提とした家を選ぶ必要がある。
必須ではないのだが、わかりやすいところであると、「仕事をする部屋」が明確にあったほうが良い。 これは空間的に仕事とプライベートを分けるという意味もあるが、どちらかというとエントロピー的な事情が大きい。 つまり、両者は干渉すると邪魔なのだ。
仕事空間だと道具や資料に囲まれるようにワークスペースを配置したほうが良いが、ベッドがあったり、仕事と関係ないアイテムがあるとすごく邪魔になる。 そもそも、会社づとめなら家は休むだけの空間で、遊びは外みたいなことが可能で、そうすると家はミニマル化していくが、在宅での仕事の場合、家は非常に重要であり、また効率化しないと在宅で仕事をしていると散らかり度合いが比較にならないほど激しいので家事に無限に時間をとられてしまい、まともに仕事できない。
今回のように在宅ワークに適さない家で仕事をするならば、モード切替の手順を確立し、なるべく干渉を減らして効率化するようにすると良いだろう。 もし今後もリモートで働くなら、快適な家を用意することを考えなければならないし、家賃が倍になる覚悟も必要だ。
また、水道光熱費は在宅時間にほぼ比例するため、驚くほど増加する。 お風呂にお湯を張ることを躊躇ったりするようにもなるだろう。
デスクとチェア
デスクとチェアに関しては非常に重要であり、 これらは一体に考えるべきである 。 なぜならば、チェアは最も重要だが、良いチェアは着座姿勢によって決まり、着座姿勢はデスクによって変わるし、椅子が収まるかどうかという点でもデスクを考えなければならないのだ。
まず言っておくと、 120cmのデスクでもデスク上にディスプレイを3つ配置することは難しく、一般的に55cm未満のデスクではディスプレイとキーボードを置くと前後方向に空間はない。
デスク上に空間を確保するためには、ディスプレイアームやキーボードスライダーを組み合わせる必要がある。 それでもデスク空間は足りなくなりがちであり、バウヒュッテのようなデスクそのものを拡張していくシステムの導入が良いこともあるだろう。 むしろ、必要なサイズのデスクを収めるには部屋の大きさがたりない(6帖の部屋は間違いなく足りない)ことの方が多い。
キーボードは一般的な机の高さでは高すぎるので、キーボードスライダーなどで下げたいが、疲労という点を考えると肘を固定したい。肘をデスクに置くためには広さが必要なだけでなく、ビーンズ型、コの字型、L字型などのデスクによって深く入れることが必要になる。逆にチェアの肘置きを使う場合は肘置きの調整機能が必要だし、机に干渉しないようにしなくてはいけない。これが意外と難しくて、キーボードスライダーで机の高さに対して高めにしても膝が干渉せず、かつスライダーに軽くかぶさるように椅子を引くことができる必要があったりする。
緊張感を保つ必要がある仕事では、机に軽くのしかかるようにして作業できることを考えると良い。 この場合はやはり体を取り囲むようなコクピットスタイルがよく、大腿部に体重がかかることも踏まえてデスク用品メーカー(e.g. コクヨ, イトーキ, オカムラ)のチェアが良い。
一方、リラックスしたほうが良いのであれば、バウヒュッテが提唱するような後傾スタイルが良い。 大幅に後傾してもぐらつかないことが必要であるため、いわゆるゲーミングチェアに絞られ、また肘置きの自由度からいってもそうである。しっかりしたゲーミングチェアなら体が安定するので疲れないし、ベッドのように体重が広く分散することになるので体が痛くもなりにくい。長時間集中するには適しているが、瞬発力が必要な場合は前傾には劣る。
私が自宅でセットアップして使ったことのあるチェアは
- ダイクマで買った3000円くらいのファブリックチェア
- サンワサプライの5000円くらいのファブリックチェア
- バウヒュッテ RONDINE (後のGT-1100 TALLADEGA SUN)
- オカムラ フィーゴ (固定肘)
- デュオレハイ (ニトリが扱っている3万円くらいのワークチェア)
- ニトリ シャオ (座面も背面も小さいPVCチェア)
- コクヨ エクサージュ (ハイバック、固定肘、キャスター仕様)
- オカムラ バロン (ローバック、肘なし仕様)
だが、そこで得た知見は
- ゲーミングチェアは合う合わないがすごく大きい。合うものに関しては体重を完全に預けられるし、体のどこも支えなくて良いようにフィッティングできるのですごくいい (私はノーブルチェアのEPICがしっくりくる)
- 背もたれは重要。ハイバックは楽。ただし、自然で集中できる姿勢でしっかりと背もたれに体重を預けられることが前提。座面が長すぎたり、背もたれがフィットしなかったり、背もたれが頼りなかったりするのはダメ。デュオレハイは体重を預けにくかったので非常に疲れた
- ネットレストは効果絶大だが、
- クッションは体重を分散させられるならそんなに気にしなくていいし、逆に書き物をするような姿勢であれば相当よくないとダメ。前傾姿勢ではゲーミングチェアも辛い
- 事務用品メーカーの高級チェアでもフルリクライニングさせた状態で体重預けきるのはできないものもある。バロンは平気だけどエクサージュは無理。背もたれがたわむ。
- ファブリックやレザーは汗を吸って臭くなる。衛生的には気軽に拭けるPUレザーが良いが、耐久性は劣る
- 後傾にする場合はディスプレイアーム必須
なお、エクサージュとバロンを比べると、エクサージュのほうが当たりがよくて快適だが、硬くて全体的にしっかりしているバロンのほうが体が痛くならず向いている。バロンでこれならコンテッサのハイバックの可動肘とか結構よさそう。予算的にローバック。肘なしにしたけど、バロン自体は不満ない。
デスクは幅80cmはやめたほうがいい。ほんとに狭い。 デスクには肘をついて考えられるくらいのスペースは確保したい。
また、キーボードにはリストレストを使ったほうが良い。
足を安定させるために必要ならフットレスト、足台も用意しよう。
音
静粛性に乏しい家での作業や静粛でなければならないことに気を遣う家での作業はとてもしんどい。 キーボードのタイプ音まで気にするのは辛いだろう。
ヘッドフォンでの作業、特にノイズキャンセリングヘッドフォンでの作業は外部の音を気にならなくするという意味で非常に有効だ。 ただ、ヘッドフォンをつけていること自体が結構な負担になることにも注意したい。
そこまで音に対して配慮する必要がないのなら、スピーカーから、「耳を傾ければ普通に聴ける」くらいの音量でなにか流しておくと良い。 集中すると聴こえないので邪魔にならないし、集中できないときはわかりやすく、集中を助けることになる。疲労も少しだが減る。 指向性が強いPCデスクトップスピーカーやラップトップのスピーカーから流すべきではない。可能なら、少なくとも40W以上のスピーカーから、少し離して音を慣らすようにしたい。 カフェミュージック系の音楽とかでもいいのだが、ラジオや環境音でもいい。Vtuberの配信をBGMにするというのも悪くない。(観てしまわないなら) YouTubeにあるスバルのSUPER GTの決勝の動画(オンボード配信のため、ずっと安定して走行音がする)なんかも良い。
全くノイズがない環境というのも非常にストレスが少なく、一方、適度なノイズを好む人もいて、これは好みによる。 個人的にはカフェ作業は捗るので、軽くそうした音がするほうが好みではある。
人形
作業だけの完全に機能的なワークスペースもいいが、ひとりだけで、ただひたすらに仕事をしているとココロが蝕まれてくる。
VTuberの配信などを見て癒やされるという人も多いが、実際のところそれよりも、ぬいぐるみなどを置くほうが効果的だ。 美少女フィギュアなどでもいいが、立体物のほうが効果がある。
もちろん、ペットがいたり、配偶者がいたりする場合はあまり必要ない。
ターンオフ・シーケンス
在宅ワークに慣れ、環境も整っているのでなければ、一日の仕事を終えてプライベートに移るときは、仕事を忘れる「退勤時間」を必要とするだろう。
これは、混在した部屋で作業している場合は「プライベートモード」に部屋を変更する時間であり、決まったシーケンスをたどることで気持ちをオフにするためのものである。
これには1時間以上をかけたい。部屋の変更はしてしまったほうが良いが、あとはゲームをする、お風呂に入る、ご飯を食べる、など「仕事は終わった」という気持ちを噛み締められるものを、決まった手順でするのだ。
この「決まった手順を作る」ことは慣れない人にはとても重要。 私も外に出る仕事のあとは帰りに特に用がなくても決まった店によったりしてターンオフ・シーケンスにしている。
ターンオン・シーケンス
逆に始めるときはどうするか。 もちろん、モード切り替え作業は必要になるのだが、それだけでは十分でないかもしれない。 特に、ターンオン・シーケンスのほうは家で普段からやっていて、家を出る時点でもうスイッチ入っているという人も多いだろうから、少し複雑になる。
まず間違いなく、シャワーを浴びる、ひげをそる、着替える、など、うかつに省略しないほうがいい。 さすがに、化粧や髪のセットは必要ないと思うが。
その上で、「通勤時間」に相当する、ターンオン・シーケンスを用意したほうがいいかもしれない。 ただし、あまり長くやると睡眠時間に響く。
閉塞感と過ごす
家にずっとこもっていると閉塞感を感じて息苦しい、という人も多いだろう。
実のところ、ニートの才能がある人は別として、そうでなければ在宅ワークのクリエイターだって趣味のこともせずずっと家にいれば鬱屈した気持ちになる。 漫画家の方などは、元々アニメや漫画が趣味で快適に過ごしていたのだが、やがて新しいアニメや漫画に対する関心が低下し、在宅での仕事がしんどくなってしまう、などという方も結構いたりする。
だから、インドアなクリエイティブ職でも、趣味はアウトドアということは多い。 山に行ったりするわけではないが、カフェ巡りやショッピングなどオフでは街に出るという人が多く、スポーツを好む人も結構いる。
家の中にずっといたり、仕事ばかりしていれば鬱屈した気持ちになるのは当然なのだ。 まして、今がリモートワークが初めてな人は、生活空間が仕事に汚染されることに馴染めない人も多いだろう。
今回の場合、好きなことができないのは一時的なことだ。 COVID-19, SARS-CoV-2は恒久的な問題ではない。すぐに収束するかどうかはともかくとして、明けない夜はない問題だ。
平時型の人間は、「いつもどおりにできない」ことに強いストレスを感じるが、今は平時ではないので、それは当然のことである。 一見可能であるように見えて自粛せざるをえないからこそ苦しいのかもしれないが、例えば今が内戦中で、家から出れば十段が飛び交っているとしたらどうだろう?
耐える、というより、「状況に応じて適切に振る舞う」だけで、今いっとき要求はこらえ、今できることをする、ということだ。 大切な人が危機的状況にあるときに、それを放って遊び歩いたりはしないだろう? それと同じことである。
今の鬱屈した状況を考えるよりも、そこから回復した後の未来のことを考えて日々過ごすのだ。 そうして今はその未来のための行動を取ることによって、事態の収束は確実に早まる。それは、あなたを楽しませてくれるエンターテイナーや、お店の存亡を分けることになるかもしれない。
今は平時ではない、ということをまず受け入れた上で、閉塞感との上手な付き合い方を見つけ、収束したあとの楽しみを数えて過ごす、思い通りにならないことを嘆いたり怒ったりしないようにする、というのが大切だろう。 本来の在宅ワークは、少なくとも今の状況よりは楽なものだ。